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札幌地方裁判所 平成10年(ヲ)1211号 決定

申立人(買受人)

株式会社レインズ・コーポレーション

上記代表者代表取締役

熊倉康介

上記代理人弁護士

諏訪裕滋

青木豪

青野渉

主文

当裁判所が、上記不動産競売事件について、平成一〇年六月二三日になした売却許可決定は、これを取り消す。

理由

1  申立代理人は、主文と同旨の決定を求め、その申立ての理由は別紙記載のとおりである。

2  そこで、判断するに、一件記録によれば、次の各事実を認めることができる。

(1)  別紙物件目録記載の不動産(以下、「本件不動産」という。)は、債権者財団法人公庫住宅融資保証協会・債務者兼亡鈴木ハギ相続人債務者鈴木秀樹・所有者澁谷千枝間の当裁判所平成九年(ケ)第一一七五号不動産競売事件の目的不動産であるところ、当裁判所に対し、当裁判所執行官牛木司は、平成一〇年一月二八日現況調査報告書を、評価人宮達隆行は、同年二月二日「本件不動産の評価額は、同年一月二三日現在で、土地(1)が金三六四万円、土地(2)が金二四万円、建物が金七七二万円、合計金一一六〇万円(一括売却価額)である。」旨記載した評価書を各提出した。そこで、当裁判所は、同年四月一六日、前記評価書に基づき、本件不動産の最低売却価額(一括売却価額)を同評価額と同じ金一一六〇万円と定め、これに関する物件明細書を作成したうえ、この明細書とともに前記評価書及び現況調査報告書を当裁判所内に備え置き、その後、期間入札の方法で本件不動産の売却を実施したところ、入札期間中である同年六月一二日、申立人より、本件不動産を一四二六万二六〇〇円(一括売却価額)の最高価で買い受ける旨の申出がなされたので、同月二三日、申立人を適法な最高価買受申出人と認め、同金額でこれを売却することを許可する旨の売却許可決定をした。しかし、申立人は、未だ上記金額を納付するに至っていない。

(2)  ところが、申立人の買受申出前である平成九年六月二九日に、本件建物内において、所有者の夫が自殺していた。

(3)  しかしながら、申立人は、前記買受申出当時、その建物内で自殺があったことを全く知らないまま(前記評価書及び現況調査報告書には、この点については何らの記載もされていなかった。)前記のとおり、本件不動産の買受けの申出をし、その旨の許可を得たが、この事実を知っていたならば、本件不動産を前記価額にて買い受ける意思はなかったものであり、別紙記載の理由により、平成一〇年七月二七日当裁判所に対し、前記売却許可決定取消の申立てをするに至ったものである。

(4) ところで、民事執行法七五条一項は、「買受けの申出をした後」に不動産が損傷した場合についてのみ規定しているが、これは、買受申出前の損傷は、民事執行手続上、評価人がこれを斟酌して不動産を評価し、執行裁判所がこの評価に基づき不動産の最低売却価額を決定し、物件明細書の記載に反映されるべきはずのものであることによるところ、買受けの申出をする前に不動産が損傷した場合であっても、これが現況調査、評価人の評価、それに基づく最低売却価額の決定及び物件明細書の記載に考慮されておらず、買受申出人が買受申出前に前記事情を知らないときには、買受申出人にとってみればそのような場合も買受申出後に損傷した場合となんら異なるところはないから、同条はこのような場合にも類推適用されると解される。また、同条にいう「天災その他による損傷」とは、本来地震、火災、人為的破壊等の物理的損傷を指すが、買受人が不測の損害を被ることは、前記のような物理的損傷以外で不動産の交換価値が著しく損なわれた場合も同様であるから、その場合も同条が類推適用されると解される。

これを本件についてみると、前記のとおり、本件不動産において、所有者の夫が自殺したのは、前記買受申出の前であるが、右事実は、最低売却価額の決定や物件明細書の記載に全く反映されていなかったこと、申立人は右事実を事前に知らないまま前記買受けの申出をしたが、右事実を事前に知っていたならば、上記金額で本件不動産を買受ける意思はなかったことが明らかである。そして、右事実は買受申出のわずか一年前の出来事であり、本件不動産に居住した場合、前記事実があったところに居住しているとの話題や指摘が人々によって繰り返され、これが居住者の耳に届く状態や奇異な様子を示されたりする状態が長く続くであろうことは容易に推測できるところであり、本件不動産については、一般人において住み心地のよさを欠くと感じることに合理性があると判断される事情があり、交換価値の減少があるということは否定できず、その他本件の現れた一切の事情を考慮すると、申立人は、民事執行法一八八条、七五条一項を類推適用して、当裁判所に対し、前記売却許可決定の取消しの申立てをなし得るものというべきところ、申立人の本件申立ては理由があるのでこれを認容し、前記売却許可決定を取り消すこととして主文のとおり決定する。

(裁判官伊丹恭)

別紙〈省略〉

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